学生監補日記

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過去の御神詠拝戴。

2011 - 05/10 [Tue] - 16:05

祈りなば叶わぬ事は無きものと 思えど祈る心無きとは

‐コメント‐
“まることの生活信条”に“人の為に祈ろう”とあります。
祈りについての質問があった際、私自身の思うところをお伝えするのは勿論ですが。。。
“道ごころ”の中で教主様が述べられている祈りについてもお話しをさせていただいております。

又、“道に住む”の五代様のお説教の中で、“祈っていても祈っていない・祈っていないのに祈っている”との話が心に残っています。

先日、私の親族が昇天し仏式での葬儀でしたが、参列している際に自然と霊安らかにという祈りに徹していました。
祈るという形はとっていなくとも霊様の事を想い祈るところに五代様の御教えに触れさせていただいたように思いました!

(おこたえ)
大元に大教殿があった時代、五代様と共に御祈念の為に御神前に上がった私ですが。。。

その時に。。。御祈念に来られていたお婆さんが、御祈念が終わってもずっと御鏡をにらみつけるように見ておられ、そして御神前の前まで行き両手をついて「教祖の神様!娘の生きるか死ぬかの一大事でござる、御油断召されるな!」と大声で言われ泣き崩れました。

その姿を見た五代様はその方に向かって柏手を打たれ奥へと下がられました。
そして、控え室で私に、「見たか!あれぞ本当の祈りぞ」と言われていたのを今でもはっきりと覚えています。

その後「それにしても教祖様もビックリされたろうな。(笑)」と言われておりましたね!(笑)。

形としては祈っていなくとも、例えば仕事の合間等にでもふと今こうして仕事が出来ている事等が有り難いなと感謝の気持を持った時、それは祈りとなって通じるものが必ずありますね。

お互いに本気の祈りにつとめてまいりましょう。

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プロフィール

学生監補

Author:学生監補
。。。黒住教。。。
黒住教は、昇る朝日を拝む「日拝(にっぱい)」の宗教です。
日の出を拝み、感動と感謝の心で、人に社会に誠を尽くす事を、そのつとめとしています。
黒住教教祖宗忠様は、「人は皆、天照大御神様の“ご分心”をいただく神の子」という人間観を明らかにされました。
“親心”でお護りお導き下さる天照大御神様に孝養を尽くす思いで、神の心である私達の“本心(ご分心)”を、丸く大きく明るくあたたかく逞しい、本来の姿に養い育てる事が本当に生きるということです。
教祖宗忠様が説き明かされた教えは、“心なおしの道”であり“開運の道”なのです。

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